費用対効果向上への取り組み

2. 医薬品のコスト削減

医薬品のコストは、大きく分けてガイドラインの設定と遵守、と医薬品利益調整の2つの方法で抑制されている。まず、ガイドラインについて話を進めたい。

NICEの役割

イギリスの公的医療(NHS)でカバーされる治療方法と薬剤、医療機器に関しては、National Institute of Clinical Excellence(NICE) という機関によって、その基準が決められている。NICEは、治療や薬剤に関して、その有効性は勿論のこと、経済性の観点からも評価し、国民が受けられる治療を決めていく。NICEは、政府とNHS(国立医療サービス)からは、独立した法人で両者の干渉を受けることなく方針を決めることができる。

新薬が上市された後、最初の1年程度は製薬メーカーが独自に価格を決め、医師に対してその対象患者、症状について説明をすることが出来る。しかし、1年程度経ち、その薬に対する現場の医師の評価が定まってくると、NICEは臨床現場の意見、海外における当該医薬品の承認、使用状況、コスト対効果等を考慮しながら、具体的にどのような患者に、どのような状況で当該薬品を使用すべきかを決定する。ここで特筆すべきは、コスト対効果のウエイトの高さだ。国民医療の限られた資源をより有効に活用するValue for Money (値打ち)というキーワードのもと、一人の患者の健康を一年間得るためにはいくらのコストがかかるのという指標(QALY: Quality adjusted life years) を用いて、医薬品の価値を厳しく評価する。慣例的にQALY3万ポンドが保険適用の限界とされ、一部の抗癌剤などが保険対象外となっている。添付1はNICEガイドラインの一例。NICEのガイドラインは、拘束力を持つ。

添付1

また、同種品に関しては、よほど優れた差異を証明できない限り、既に市場にある製品と全く同じ括りに入れられ、「当該カテゴリーの中で最も廉価なものを活用するように」という決定が下される。抗高脂血症薬など既に後発品がある医薬品カテゴリーでは、当然後発品が使用されることとなる。また、同種品の定義は広く、例えば高血圧の治療においては、ARBとベータブロッカーは同種とみなされ、ベータブロッカー(後発品)がファーストライン(優先)の治療となっている。

各地域保険者による医薬品コストの削減

イギリス各地域には152の地域保険団体に該当するPCTがある。各PCTは、国から受けた国民皆保険の保険料を、地域住民の健康を促進するために有効活用するというミッションを持っている。医薬品に関しても、地域の住民にとってよりValueForMoneyの確かな使用方法を常に検討している。具体的には、地域のGPと機関病院の専門医、PCTの薬剤師、PCTと病院の幹部からなる薬剤審査委員会で、医薬品の投薬ガイドラインを作成する。NICEのガイドラインが未だ決定されていない医薬品、ガイドラインがカバーしていない医薬品について、効果とコストの観点から、国内外の保険者の動向、臨床医による医薬品の評価などをもとにガイドラインを決めている。

決定された地域のガイドライン(NICEのガイドライン+NICEがカバーしていない疾患への医薬品に関してのガイドライン)は、「フォーミュラリー(推奨医薬品)」という言葉で表現され、GPと病院にその遵守を求める。現在、フォーミュラリーの実施率は70-80%程度と推定され、地域差がある。フォーミュラリーの定着に向けて、各PCTは、様々な打ち手を実施しつつある。例えば、GPにフォーミュラリーをベースとした医薬品の予算を与え、その予算達成(予算内でのやりくり)とそのGPの報酬をリンクさせている。また、PCT独自に薬剤師を雇い、処方箋を調べ、フォーミュラリー遵守率の低いGPを訪問し、指導している。病院に対しては、フォーミュラリー外の投薬に関して、事前承認を義務付け、承認のない場合は保険金の支払いを行なわない旨の契約を交わすことが一般的となっている。これらの施策の毛か、フォーミュラリーの実施率は、今後2-3年の間に80%を超えると言われている。

医薬品の利益調整

製薬メーカーは保健省との自主的な合意(PPRSと呼ばれている)で、各企業ごとに薬品の販売から得られる利益の総枠を決め、それを超えることが無いように管理している。具体的な仕組みを以下に説明する。まず、製薬メーカーは自社の製品に対して価格を自由に設定することが出来る。しかし、製薬メーカーの業界団体と保健省の自主協定により、製薬メーカーの対売り上げ利益率が8.4%を超えた場合、その超過分を現金もしくは値下げを通じて保健省に対して償還することとなっている。製薬メーカーはPPRSの仕組みに参加しないこともできるが、その場合、保健省によって薬価が決められることとなる。保健省の薬価は一般的に低いため、ほとんどの製薬メーカーは前述の仕組みに参加し、自ら価格を設定する権利を得ることを望む。