イギリスの医療制度
-地方自治体との連携

3. 医療分野における地域連携構築の軌跡

地域レベルでの公共サービスが連携を強めていく中で、医療関係の地域連携はどのように築かれたのか。以下、労働党政権が辿った軌跡をご説明したい。

労働党は97年の総選挙で政権の座に就いたあと、1999年に以下の三点について法を改正し、医療分野での地域連携の基礎をつくった。

  • NHS(医療)の予算と自治体の福祉予算を統合して運営する
  • NHSと自治体のどちらかを「主担当」(lead commissioner)とし統合された医療と福祉サービスの企画、契約、運営にあたる
  • 医療サービス提供者、福祉サービス提供者の垣根を越えて統合されたケアの提供を行なう
さらに2002年には、NHS(国民医療サービス)の将来像を示した「NHSプラン」で医療と福祉サービスの統合を政策の大きな柱としてあげ、以下にあげる施策を提言した。
  • 医療と福祉の境界領域にいる患者に対してケアを提供するため、2000億円の追加予算を計上し、リハビリ施設とサービス、訪問看護などへ投資する。
  • 医療への直接的な効果のある福祉サービスへの投資を目的とした資金を220億円確保する。
  • 医療と福祉サービスに対して国が行なっている審査を統合して行なう。
  • 一部地域で保険組合(PCT)と自治体を統合する。

これらの方針は着実に実行に移された。まず、多くの地域において高齢者向けのサービスの一部が自治体とNHSの統合予算で運営されている。(注釈:予算全体の統合を行なっている地域は稀。具体的なサービスに関して予算の統合を行なっている)全国2つの地域で地元の保険組合と自治体が組織自体を統合しケアトラストと呼ばれる組織となった。また、保健省は、NHS(国民医療サービス)の地方組織であるPCT(地域保険組合)と自治体の人材交流をはかるべく、保険組合の幹部と自治体の福祉担当の役員の重複人事(同じ人材が医療と自治体の仕事を兼務)を推奨した。実際には、過半数のPCTにおいてPCTの保健担当の役員が自治体の福祉サービスの役員職を兼務している。極端な例を挙げるとHerefordshireでは、PCTの最高責任者と自治体の長を同じ人材が担っている。

2005年3月には、「社会福祉の未来」(Independence, Wellbeing and Choice)という白書が発表された。この白書は、10-15年後の社会福祉システムの目標として、ユーザーによる選択とコントロールを強化する、品質をユーザーに保証する、コミュニティー全体のリソースを活用するとともにコミュニティーに対して皆が参画できる体制をつくる、ということをあげている。具体的な施策としては、以下の5点を挙げた。

  • 自治体を軸とした、融合(SocialInclusion)の推進
  • 自治体と地域の公共団体との協力と、地域の実情に根ざしたサービス提供
  • 予防と早期発見
  • 個人予算と個人への福祉費の直接支払い
  • ケアの進化、テクノロジーの活用の促進
(保健省のサイトへのリンク)

また、2006年1月には「自宅を軸としたケア」(‘Care closer home’) というコンセプトを核とした「これからの医療に関する白書」( Our say: a new direction for community services – whitepaper on care closer home)を発表した。この白書は、

  • PCTは地域の他の公共団体と協力し、地域全体の資源を健康ために有効に活用する
  • 専門医はコミュニティーの中で、かかりつけ医との連携をより高めていく
  • 医療と福祉サービスは連携して、統合されたサービスを提供する
  • かかりつけ医の組合は各地域における統合サービスの運営に関して主体的に関与する
  • 保健省は診療報酬制度を見直し、現在急性期治療として一括で扱われている医療行為を診断行為、リハビリ等の移行期、慢性期などへ細かく分解し、報酬を与える

など医療の視点から、医療と自治の連携をどのように進めていくべきかを示している。(この白書へのリンク)
以上の通り労働党政権は1999年以降の医療と自治の連携を目指し、医療と社会福祉制度の観点から矢継ぎ早に政策を提案し、実行に移して行った。次の章では、これらの政策がどのような成果をあげたか検証していきたい。