イギリスの医療制度
-地方自治体との連携

4. 医療分野での地域連携の現状と課題

2008年1月の時点では、医療分野におけるNHSと自治体の連携は草の根のレベルでは成果をあげつつあるもの全体としての進捗は芳しくない。

まず、成果という面では、以下のような点があげられる。

政府が今後医療と自治の連携を強化していくというメッセージは、全国の地方保険組合(PCT)、自治体で共有されている。また、保険組合幹部(PCT)と自治体幹部の兼務、一部領域での予算の統合なども実現している。
結果として、各地域で幾つかの具体的なサービスに関して成果があがりつつある。例えば、South Devonでは、病院と自治体の介護部隊が連携して脳梗塞のハイリスク患者の動向をモニターしている。また、Gloucestershireでは、歩行障害専門のリハビリ施設をNHSと自治体が共同で設置し、予後の改善と転倒の防止に成功し、高齢者の健康維持と医療費の削減を実現した。
しかし、総じてみると、これらの成功例は、未だ一部の患者、要介護者をカバーしているのみで、医療と社会福祉サービスの連携が十分に定着したというにはほど遠い状況だ。

以下に挙げるような多くの課題も未解決のまま残っている。

長期入院患者問題- 日本と同様、臨床的には退院可能な患者が、ケアホームの引き取り先が無いために退院出来ず、病院のコスト増になるケースは多い。通常は、自治体がケアホームのスペースを確保しなければならないが、財政上や、NHSとの対立などから十分なスペースを確保できず、患者がNHSの負担となるケースが多い。政府は、この問題を直接的に解決するために、必要がないのにある一定期間以上病院に入院し続けた患者に関しては、自治体がNHSに賠償金を払うルールを導入している。

転倒防止プログラム- 高齢者の転倒は、救急者、救急外来、入院、寝たきりなど多くの問題へつながり、患者さんにとって不幸なだけではなく、医療システムに大きなコストとなっている。一部の先進的な自治体では、地域の住宅公社と協力して高齢者向けの住宅をつくる、転倒防止のためのリフォームの援助をする、同居者を啓蒙するなどの活動を行なっている。しかし、投資をする主体(住宅公社、自治体)と受益者(NHS)の間で、予算のやりとりの調整がつかず、このような協力が実現しない自治体も多い。

これらの課題の背景には、幾つかの共通する要因がある。

NHSと自治体の方針、システムの違い
NHSは、保健省から毎年具体的な達成目標を与えられる。地方の保健組合(PCT)もこの目標を達成するべく、優先課題を設定し、施策を立案していく。反面、自治体は、地域住民による選挙によって選ばれてきた議員で構成されているため、地域独自の優先課題を持っている。NHS、自治体それぞれの優先課題は多くの場合異なっており、その調整は難しい。また、更に具体的なレベルでは、予算立案のプロセスとタイミングがNHSと自治体では異なっており、連携して施策の立案と予算立てを行なおうとした場合、業務が煩雑になるという問題もある。

多くの地域でNHSと自治体の間の信頼関係が希薄
NHSは過去数年間、財政的に厳しい状況にあった。また、一部の自治体も慢性的な財政難に見舞われており、お互いに大きな支出となる医療、福祉サービス系の課題を譲り合った。例、長期入院の高齢者の引き取り先問題。加えて、保守党色の強い自治体では、NHSに対してイデオロギー的な意味で反発が強いと言われている。