イギリスの医療制度
-地方自治体との連携

5. 今後の展開

今後、さらに医療界と自治体の協力を強化し、本当の意味での統合された医療を提供して行こうと考えた場合、二つの大きな要素が必要だと考えられる。

更なる制度面での改善 本当の意味で個人個人のニーズに合ったケアを医療と社会福祉の垣根を取り払って提供していくためには、更に幾つかの制度面での改善が求められる。以下、幾つかの例を挙げていく。

個人予算とケアメニュー:介護の必要な個人に対して、そのニーズに応じてひとりあたりの予算を決める。その予算を使い、個人の必要と考えられるメニューの中から個人の意思でサービスを選択する。政府はこの考え方を指示しているが、より一歩踏み込んだ政策の策定が求められる。

地域の保険組合(PCT)と自治体の間での資金のやりとりを円滑にする仕組み:例えば、長期的な(年度を跨いだ)医療費の削減を狙って、PCTが、自治体が管轄している公共住宅の改善や介護サービスの充実へ投資する場合、年間予算とは別に将来の予算からの借り入れを可能するなど。また、究極的には、スウェーデンや日本で実施されているように一部の高齢者の医療予算と福祉予算をまとめて運営するというアプローチもありうる。

成果指標、品質指標:より具体的なサービスの成果や品質を測定する指標を設け、各地域のサービス提供者を評価し、その評価結果を公開する。

ケアのガイドライン:望ましいケアのガイドラインを国として提示する。医療の分野では、NICEが既に治療のガイドラインを策定しているが、医療と福祉の境界領域にもその審査対象を広げる、もしくは別の審査機関を設定することが考えられる。

地方保険組合(PCT)と自治体の業務プロセス、会計の見直し
予算立案、目標管理などの面で、PCTと自治体の業務プロセスの整合性を担保する必要がある。また、財政的なインセンテイブの仕組みも見直し、システム全体の観点からの投資がより容易に出来るようにする環境作りが望まれる。

機能の強化の育成
統合サービスの提供者:医療と福祉を統合してサービスを統合することの出来るサービス提供者を育成する。既に、精神疾患の患者向けに優れた統合サービスを提供する団体が育ちつつある。今後、さらに一般的な領域での統合サービス提供者の育成が望まれる。禁煙、COPDなど具体的なテーマに沿って統合サービスが育っていく可能性も考えられる。アメリカのHMOのような団体はこのような機会を狙っている。

ケアマネジャー:各個人のニーズを把握し、個人にとって最も望ましいサービスを個人の立場から提案する機能。ケアマネジャー機能の導入は、ユーザーの声の強化につながり、間接的に医療サービスと福祉サービスの統合に貢献する。

信頼関係の構築
これまでの成功例、失敗例を見る限り、統合サービスの定着に最も重要なことは、地域の医療関係者と自治体の福祉関係者の間に信頼関係が育まれることだと考えている。信頼関係の重要性は、イギリスだけではなく、スウェーデン、ドイツや日本の例からも読み取れる。

上記の様々な要素は、あくまでも有益な道具であり、最終的には、各地域のリーダーのリーダーシップが成否の鍵を握るのではないか。

今年(2008年)秋、ブラウン政権がイングランドの社会保障制度の未来像と、制度改革の方向性ついて、方針を発表すると言われている。ここまでご説明してきた制度面の改善の方向性や、改善目標について、ホワイトホール(イギリス版霞ヶ関)では、現在、侃々諤々の議論が行なわれている。また、地方においても、有力なリーダーのいる地域では、中央の政策論議に影響を与えようという実験的な取り組みも始まりつつある。政府への支持率が低迷するなかで、痛みと支出を伴う大きな打ち手をどこまで出せるか。今後の動向が注目される。